若き日の山13(その2) 赤石岳 ― 2025年10月05日 11:32
赤石小屋は結構混んでいましたが、千枚小屋は空いていました。他に1パーティが居ただけだったと思います。夜明け前、早めに食事を済ませ、千枚岳を目指して霜柱の立つ登山道を登り返しましたが、頂上に着く前に日の出になりました。下の写真は富士山の少し左側からの日の出です。
千枚岳からの赤石岳・小赤石岳東面のモルゲンロートです。雲一つなく、天候に恵まれました。悪沢岳あるいは千枚岳からの赤石稜線および東面の風景の切り取りは、学生時代に白旗史朗の写真を見て感銘を受けました。機材やカメラ技術が違っても、その場所に行けばそれなりに撮れるような気になってしまいます。
大聖寺平も含めてアップして切り取った画角の写真です。
赤石岳・小赤石岳およびその東面のみ切り取った画角の撮影です。もう少し早い時間に撮影できれば言うことなしですが、ちょっと根性が足りませんでした。
千枚岳からの下りで、少し日が高くなってからの撮影です。紅葉・黄葉がきれいでした。
このあと、椹島までの長い長い下りをバスに間に合うように歩きました。椹島に着く前に、足を痛めたのでしょうか、ちょっと片足を引きずって歩く若い方を見かけました。結局、その方を静岡駅まで送ることになり、畑薙第一ダムのバス停で降りた後、駐車場に止めておいた車で山岳道路を下り、静岡駅に寄ってから帰宅しました。天気も良く、写真も撮れたので満足いく秋の山行でした。
若き日の山13 東尾根から赤石岳 ― 2025年09月27日 17:35
赤石岳に東尾根から登ったのは、赤石岳の頂上を最初に踏んでから7年後でした。9月の下旬、紅葉のシーズンに車で畑薙第一ダムのゲート前まで行き、そこから東海フォレストのバスに乗って椹島まで行きます。このときは家内と2人の山行です。朝、ゲート前駐車場に着いてバスが来たのですが、満員で、車掌から「すぐ後にもう一台来るから」と言われて待っていると確かに来ました。しかし、100mほど手前で止まったまま、なかなかこちらに来ません。バスまで歩いて行くと、なんとタイヤがパンクしたとのことです。パンクを修理(タイヤ交換?)したバスに乗ったのか、別のバスが来たのかは記憶にありませんが、かなりの時間待ったことだけは確かです。お昼少し前に椹島に到着しました。腹ごしらえをして、歩き始めたのは当然昼を過ぎています。赤石小屋まで標高差1400mくらい、一般コースタイム5時間の行程です。何とか4時間ほどで小屋に着き、すでに食事を始めている先行の方々の間のスペースを見つけて場所を確保できました。なお、小屋は営業していましたが素泊まりのみでした。
翌朝、モルゲンロートと言うには少し遅い時間の小屋付近からの撮影が下の写真です。フィルムはフジクロームのISO50のもの(RFPと呼んでたかな)です。まだベルビアが出る前です。この頃のリバーサルは褪色も少なく、きれいに保存されていました。デジタル化も苦労しません。
小屋を出発して30分ちょっとで富士見平に着きます。東尾根の上部、小赤石から赤石岳への稜線および東斜面のカールがきれいに見えます(下の写真)。いい天気です。
北の方を見ると、荒川三山がすっきりと望めます。よく見ると右の悪沢岳の頂上付近は少し雪化粧しているようです(下の写真)。
下の写真は小赤石と赤石岳の間の稜線に出てこれから登る赤石岳を見上げたところです。全体に雲がかかってきました。
そして赤石岳の頂上に着きました。登ってきた赤石東尾根と小赤石岳を振り返ります。荒川三山は雲に隠れてきました。
赤石岳周辺には、下の写真のように「石剣」が多く立ち並んでいました。赤石岳も信仰の山なんですね。
赤石岳を堪能した後、荒川三山方面に向かいます。紅葉した荒川のカールを横切って、草紅葉やライチョウを楽しみながら、荒川中岳に登りました。そして、前岳はスルーして悪沢岳に着きました。この間、時々ガスが湧いていたこともあり、記念写真用のコンパクトカメラの撮影が主で、リバーサルの撮影はほとんどなかったようです。デジカメと違ってフィルム代がかかるので、とりあえず撮っておこうができません。下の写真は、悪沢岳を過ぎて、丸山あたりから撮影した万之助カールだと思います。悪沢岳の北東斜面に広がる大きなカールです。降りてみる元気はありませんでした。
この日は千枚小屋に宿泊しました。次の日の写真、「夜明けの千枚岳からの赤石岳」は続編で紹介します。
若き日の山12 荒川三山・赤石岳 ― 2025年09月12日 21:37
6月に最初に塩見岳に登った時、行こうと決めていた赤石岳に向かったのは10月後半でした。コースは、塩見岳のベースとなった三伏峠から荒川三山に南下し、そこから赤石岳に向かうルートです。メンバーは、甲斐駒黒戸尾根と同じ4人です。
交通手段をよく覚えていませんが、おそらくタクシーで塩川土場まで入り、そして前回と同様に三伏峠に向かいます。三伏沢小屋に泊まるのも前回と同じです。翌朝、日がだいぶ昇ってから出発だったようです。下の写真は出発した直後、三伏沢からの撮影と思います。フィルムは、たぶんコダクローム64です。雲一つない天気です。なお、山行中、午後多少曇ったりすることはありましたが、ずっといい天気でした。なので日焼けしました。
下の写真は、6月に行った時とほぼ同じ場所(烏帽子岳)からの塩見岳および北部の山々(間ノ岳、北岳、甲斐駒、仙丈)です。
その先、写真を撮ったり、ライチョウの親子を見たりしながら、登り降りしました。前小河内岳、小河内岳、大日影山、板屋岳などのピークを越えるのにかなり時間を要し、その日は高山裏避難小屋に宿泊したと思います。
翌朝、荒川前岳に向けて登山開始です。前岳の手前だと思うのですが、振り返ると下の写真のように中央アルプスがきれいに見えています。よく見ると、南駒ケ岳あたりの後ろに御嶽山が確認でき、さらに中央アルプスの右に、乗鞍岳、そして北アルプスの山々がおぼろげに見えています。
荒川前岳に登り詰めると、南アルプス南部の山々が目に飛び込んできます(下の写真)。赤石岳、小赤石岳とともに、手前には大聖寺平や荒川小屋に向かうトラバース道が確認できます。こういうのを二重稜線、あるいは線状凹地と言うのでしょうか。また、赤石岳が光線の加減か、「黒石岳」に見えます。
前岳のあとは、荒川中岳、そして悪沢岳(荒川東岳)に登ります。下の写真は、中岳あたりから見た南アルプス北部の展望です。中景が塩見岳、遠景が左から仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、間ノ岳、農鳥岳です。北岳は間ノ岳の陰になっているようです。
下は、中岳付近から東側、悪沢岳と富士山を望む写真です。記念写真として取ったため人が写っていますので、加工しています。富士山方面に若干雲がありますが、まだまだいい天気です。
悪沢岳に到着し、特徴ある小赤石岳から赤石岳にかけての稜線を撮影しました。後ろに、聖岳や上河内岳などが望めます。ここの写真は、東面に朝日の当たるとき、および雪のあるときがやはり一番ですね。そういう時期、時間に改めて来たいと思いました。
このあと、中岳に登り返し、荒川小屋まで下りました。荒川岳カールは、夏なら高山植物がきれいなところでしょうが、この時は草紅葉も過ぎていました。
翌朝、赤石岳目指してスタートです。小赤石を越え、赤石東尾根ルートへの分岐を過ぎ、念願の赤石岳に到着しました。そこからの眺めは360°最高でした。
まずは、歩いてきた方角の写真です。小赤石岳と東尾根の向こうに荒川三山、遠景に仙丈ヶ岳、塩見岳(山頂のみ)、間ノ岳、農鳥岳が見えます。秋なので、まだ雲が湧きません。
そして、南側に向いての写真です。三角屋根は当時の赤石避難小屋です。奥に聖岳、その左奥に上河内岳があります。
登頂と展望に満足したら下山開始です。まず大聖寺平まで戻ります。そのあたりで撮影した荒川三山が下の写真です。高積雲らしき雲がかかってきましたが、一部の斜面にスポットライトが当たり、岩肌の質感が表れていると思います。
ここから左側、すなわち小渋川の方に下りました。その日、どこまで下ったのかよく覚えていませんが、たぶんその日は広河原小屋に泊まったのだと思います。広河原小屋からは、河原の渡渉か、登り降りの激しい高巻き道を選択しないといけないのですが、なにせもう10月後半なので冷たい水はやめて、高巻きにしました。下の写真は、小渋川のどこかから赤石岳あたりの稜線の夕照を撮影したものです。この日はほぼ上弦の月だったようです。
山行中、誰とも会うことはありませんでした。10月後半の平日だったのですが、さすが南アルプス南部だと思いました。
若き日の山 11 甲斐駒ヶ岳 黒戸尾根 ― 2025年09月04日 15:20
大学3年の夏、甲斐駒・仙丈、穂高、常念と歩いた後、9月に入ってから、甲斐駒と言えば黒戸尾根、日本3大急登の一つに挙げられるその黒戸尾根から登らなければならないという使命感めいたものから、早朝、尾白川沿いの竹宇駒ヶ岳神社の駐車場に立っていました。今回は記憶が正しければ同級4人での山行です。竹宇駒ヶ岳神社の標高がだいたい750mくらい、甲斐駒ヶ岳頂上が2967mなので標高差は2200m以上あります。上高地と槍ヶ岳の標高差は1650mくらい、富士宮口五合目と富士山との標高差が1400mくらいなので、この黒戸尾根の標高差が如何に大きいかがわかります。初日の目標地は標高2350m(七合目)にある七丈小屋です。標高差1600mです。当時はまだ五合目にも小屋がありました。
十二曲り、八丁坂と呼ばれる急登を上り、刃渡りなどの岩場や鎖場、梯子を繰り返し上るとようやく七丈小屋に到着しました。おじいさんが管理する素朴な小屋だった記憶があります。
下の写真は、翌朝撮影した七丈小屋です。フィルムはエクタクロームで、褪色していますがなかなか味のある色調になっていると思います。
下の写真は、おそらく八合目の御来迎場付近から撮影した山頂方面です。頂上が見えているのかどうかわかりません。左側の岩場は赤石沢奥壁と言うそうです。赤石岳でもないのに赤い石がある沢なのでしょうか。
八合目から九合目の間のどこかで撮影した鋸岳のピークです。
たぶん九合目くらいからの赤石沢奥壁上部です。少なくとも、この辺りまでの天気は良かったようです。この後、頂上に行き、食事をしたはずですが、なぜか頂上や下山時の写真がありません。
その日、駐車場まで下山しましたが、かなり暗くなって、ヘッドランプを点けた記憶があります。2200mを下りたので、足が笑っていたと思います。
さて、日本3大急登のあとの2つは、北アルプス烏帽子岳のブナ立尾根、谷川岳の西黒尾根だそうです。ブナ立尾根は、1985年に下りで歩き、西黒尾根は、1986年にその上部のみ下りで歩きました。いずれも確かに急な下りで、年を取った今では歩きたくもありません(というより歩けません)。上り下りにかかわらず、自分で歩いた登山道で二度と歩きたくないと思ったのは、飯豊山の大嵓尾根(だいぐらおね)と、黒部の読売新道です。いずれも下りで使っただけですが、これを上りに選択する人は、余程すごい人か騙された人かな、と思ったものでした。
オオムラサキとひまわり ― 2025年08月02日 14:20
先週、山梨に出かけました。ここ数年、この季節には国蝶であるオオムラサキを見に出かけます。時期的に少し遅かったので、だいぶ羽がすれていましたが、5~6頭が木に止まったり、羽音を立てて飛び回ったりしていました。ここは、偶然見つけた大きなクヌギの木で、毎年、樹液が多く流れ、オオムラサキ以外にカナブン、カブトムシ、スズメバチなどが集まります。今年は、暑かったせいか特に樹液が多いようです。スズメバチも邪魔をしなければおとなしく樹液を吸っています。虫や蝶が苦手な人は、姿や羽音はもちろん、樹液の匂いも気持ち悪いかもしれません。
ここは、小径沿いに野鳥も多く、巣立って少し経ったくらいのサンコウチョウやサンショウクイも見ることができました。
そのあと、ついでに有名なひまわり畑に寄って帰りました。平日の暑い中でしたので、見物人は多くはありませんでした。他のひまわり畑では、観光客のマナーが悪く、住民の迷惑になるとのことで、刈り取られ、フェスが中止となったところがあったとニュースで言っていました。
ここは、民家はほとんどないので、中止になることはないと思いますが、ひまわり畑以外の農地、私有地への立ち入りはやめましょう。
思っていたよりは1つの区画が狭いし、花もそんなに大きくはなかったですが、写真の撮り方でいろいろ表現はできると思いました。オオムラサキ用には300mmの望遠レンズしか持ってこなかったので、こちらはスマホでの撮影です。
西側には南アルプスの山々(甲斐駒ヶ岳~鳳凰三山)が眺められ、朝の方が写真になると思われます。
家に戻ると、その日の最高気温は37℃だったようです。山梨も甲府など市街部は暑いですが、少し標高の高いところへ行くと風は心地よかったです。
若き日の山7 ~7年後の初冬の甲斐駒~ ― 2025年07月12日 21:24
前の記事で甲斐駒・仙丈に登った7年後の10月後半、「錦秋の南アルプス」を楽しもうと甲斐駒方面に出かけました。すでに結婚し、家族と会社の同僚1人の3人での山行です。芦安温泉から北沢峠まで村営?バスで行ったと思います。その途中、たぶん深沢あたりの林道から望めた北岳と間ノ岳が下の写真です。前夜、山の上部に雪が降ったようで、標高2500m以上は冬の装いです。雪と空と紅葉と、きれいなコントラストで目に飛び込んできました。フィルムは、コダクロームだと思います、たぶん。
北沢峠からは、7年前と同じく仙水峠経由です。写真は仙水峠付近から見上げた甲斐駒と摩利支天の岩峰です。ここから駒津峰への登りは、ところどころに雪が付いている程度でした。
駒津峰まで来ると雪が5cm程度全体に積もっていました。雲一つない晴天に映えて、すばらしい眺めでした。
仙丈ケ岳のカールも雪が輝いています。
鳳凰三山方面、奥には富士山です。空気も澄んでいるので360度の大展望でした。冬山装備は持っていなかったので、ここから引き返すことにしました。
帰りのバスからの林道沿いの紅葉です。まさに錦秋でした。
時間が少し飛びましたが、ほぼ同じコースの、季節の異なる甲斐駒山行を記載しました。
若き日の山6 甲斐駒ヶ岳・仙丈ケ岳 ― 2025年06月25日 17:40
北岳・間ノ岳から下山して、北沢峠方面に向かいました。この日は移動のみで北沢峠周辺のテント場で幕営したと思います(小屋で素泊まりしたかもしれません)。翌朝、仙水峠経由で甲斐駒を目指し、まだ雲がほとんど発生していない駒津峰あたりで撮影しました。
仙水峠からは摩利支天がすごい威圧感で迫ってきていましたが、駒津峰からは甲斐駒駒ヶ岳とバランスをとるように収まっています。最初は余計なコブのように見えることもありましたが、見慣れるとなくてはならない存在に思えてきます。フィルムはエクタクロームだと思いますが、褪色がかなり進んでいます。下の写真は振り返って見る仙丈ケ岳です。カール地形がはっきりとわかります。右側の沢は藪沢ですね。
南方に目をやると、北岳、間ノ岳から塩見岳まで雲なく望めました。間ノ岳と塩見岳の間の山は悪沢岳でしょう。それぞれの山の稜線が右斜め下に裾をひいています。この後、甲斐駒ヶ岳山頂を踏み、テント場まで戻りました。
その後のスケジュールが曖昧なのですが、おそらく、北沢峠付近でもう1泊して、次の日、藪沢経由で仙丈ケ岳に登り、天気がイマイチで仙丈小屋泊まりか、そのあたりにテントを張ったのだと思います。下の写真は、翌日の朝の仙丈ケ岳頂上付近からのご来光と甲斐駒ヶ岳・摩利支天のシルエットの写真です。
このあと、馬の背、丹渓新道経由で戸台まで歩いたと思います。戸台口?のバス停まで、やたら遠く感じました。北岳・間ノ岳から、一旦林道に降りて、甲斐駒・仙丈と、1週間かけた山歩きが終りました。
若き日の山5 北岳・間ノ岳 ― 2025年06月19日 14:29
塩見岳山行の後、7月に北岳および間ノ岳に登りました。梅雨明け直後だったと思います。広河原に架かる吊り橋を渡るとき、北岳のバットレスがきれいに見えていたのを覚えています。大樺沢から八本歯のコルへ登り、まずはテントサイトに行ったと記憶しています。テントサイトは、北沢の源頭あたりの北岳小屋(今はない)近くにあったと思います。今は稜線に北岳山荘がありますが、当時はそのあたりには北岳稜線小屋がありました。
北岳の山頂に立ったのは翌日だったかもしれません。北岳山頂付近から間ノ岳、農鳥岳を望んだ写真です。稜線のやや下にその稜線小屋が見えます。フィルムはいずれもエクタクロームだと思いますが、ちょっと褪色が進んでいます。
稜線での休憩中に、すぐそばまでイワヒバリがやってきました。3人での山行で、相棒が写り込んでいます。このころは野鳥よりも高山植物の写真を撮っていましたので、興味を示さないことが逆に近づいてくれる理由だったのかもしれません。
間ノ岳に向かう途中にシナノキンバイとオヤマノエンドウを撮影しました(バックは間ノ岳)。
稜線から望む富士山です。手前に櫛形山の稜線がたおやかなカーブを描いています。山なみがきれいで、幻想的というか幽玄の美というか、見る者の心次第なのですが、その時も今もそう感じます。
このあと、広河原に下り、そこにデポしておいた食料を持って、南アルプススーパー林道(当時の名称)を北沢峠に向かい(途中で車に拾ってもらったような気もします)、甲斐駒ヶ岳と仙丈ケ岳に登りました。
若き日の山4 塩見岳 ― 2025年06月15日 18:11
先の記事「若き日の山3」の南アルプス南部の山行の後、6月に塩見岳に登りました。大学の友人との3人での登山です。ちょうど梅雨入りのタイミングで、曇り乃至雨でした。塩川土場から三伏峠経由のコースです。今は鳥倉登山口というのがメインのようですが、当時はまだありませんでした。三伏峠に着いて、小屋は峠から20分くらい?下りた三伏沢小屋をベースにしました。今、地図を見てもこの小屋はないようです。そこから烏帽子岳というところまで行って撮影したのが下の写真だと思います。右側の塩見岳(3つのピークが特徴)から間ノ岳、北岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈ケ岳と、南アルプス北部の山が一望できました。
曇っていましたが、山が全部見えたのは良かったです。なお、フィルムは、たぶんエクタクロームだと思うのですが、曇りだということで、中途半端な知識で色温度補正用のアンバー系のフィルターを使用したら、イマイチの出来でした。褪色もあると思います。
そこから小河内岳方面に進み、前小河内岳あたり?で撮影したのが下の写真です。
悪沢岳から荒川岳(中岳、前岳)、赤石岳、聖岳、さらに南部の山々も展望できました。
荒川三山、赤石は、いつか行きたい山として目に焼付けました。次の日、塩見岳に登りましたが、あまり写真がありませんでした。下のモノクロ写真は、三伏沢付近で撮影した塩見岳です。フィルムは、確かネオパンSSです。オレンジフィルターを使用したと思います。
塩見岳は好きな山の一つで、これ以降、この時期(6月)のほか、1月、9月、10月と4回頂上に立っています。
若き日の山3 ― 2025年05月18日 16:20
雪の八方尾根に登った同じ年のGWに、同期生3人で南アルプス南部にある上河内岳を目指しました。言ってみれば、初めての本格的登山が残雪の残る南アルプスの2800m峰ということになります。畑薙の大吊橋を渡る登山ルートです。東海道線を夜中に走る夜行の快速(大垣発東京行き)を金谷駅で降り、そこから大井川鉄道の臨時列車で井川まで行きます。井川からは臨時バスで畑薙第一ダムあたりまで行けたと記憶しています。
朝、畑薙に着いて大吊橋を渡り、ウソッコ小屋、横窪沢小屋と来て、記憶が曖昧ですが、たぶんこの日はここに泊まったと思います。(もう少し歩いて持参したテントを張った記憶もありますが、別の山行だったような気がします)
翌日、茶臼小屋まで行って、雨で1日沈殿したように思います。次の日、ようやく晴れて、目的の上河内岳に向けて歩きました。稜線に出たら期待通りの素晴らしい景色でした。足を進めると、夏ならお花畑となるあたり、亀甲状土と呼ばれる地形が現れる場所に出ます。そこから上河内岳を仰いだ写真が下です。
まだ時間も早く、空気が澄んでいるのですっきりと撮影できました。フィルムはたぶんコダクローム64だったと思います。デジタル化した後に、記録せずにスライドを廃棄してしまったので、記憶と色味・写り具合でしか判断できません。
空気が澄んでいるうちに撮影するため、上河内岳頂上に着く前に撮影した兎岳、聖岳、赤石岳、悪沢岳の展望が下の写真です。頂上に着いた時には、かなり散乱光が増していました。
なお、外式(外型)と呼ばれるコダクロームの現像については、あらためて書きたいと思います。
















































