小諸城址 懐古園 ― 2025年12月21日 22:31
浅間山外輪山登山の次の日、朝食を早めに終え、小諸城址懐古園に行きました。入場無料となる9時より前です。専用駐車場はありますが、JRを挟んだ東側(大手門のあるところ)に2時間まで無料の市営駐車場があったのでそちらに停めます。JRの下をくぐる地下道があるので、簡単に懐古園の入り口である三の門に行けます。
二の丸跡、黒門橋を過ぎると懐古神社の鳥居に着きます。ここには、「小諸城址」という石門柱や「本丸跡」という標示板もあります。小諸城の本丸のあったところに懐古神社を建立したということでしょうか。なお、小諸あたりには若いころはスキーの帰りに、近年も湯ノ丸や軽井沢近辺に来たことも結構ありますが、懐古園を訪ねたのは今回が初めてです。
懐古神社などの説明が下にありました。
下の石垣の上に天守閣があったようです。
小諸の古城といえば、島崎藤村の有名な詩が記憶にあります。「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ・・・」ですね。下の説明やネット情報をまとめると、この詩が最初に発表されたのは、「旅情」というタイトルで「明星」という雑誌の創刊号だった、ということです。懐古園の北西の角にもこの詩碑があるようですが、私はそこまで行きませんでした。この詩には、その後、弘田龍太郎という作曲家によりこれを歌詞として曲が作られたそうです。ともかく、島崎藤村は、英語と国語の教師として小諸に赴任しており、この詩が生まれたということもあって、ここ懐古園には藤村記念館が設立されたのでしょう。
さらに、島崎藤村と言えば思い出すのが、下の石碑にある「椰子の実」という詩です。これは詩というよりは、音楽の授業(中学?)で歌として習ったものです。確か、柳田國男の伊良湖岬での経験(海辺に南方より椰子の実が流れ着いた)を聞いた藤村が詩を作った、と覚えています。
今、念のためネットで確認してみると、大学生だった柳田國男が静養のために渥美半島の伊良湖岬に一か月ほど滞在しているときに、海岸(恋路ヶ浜と言われています)を散歩中に南の海から流れ着いた椰子の実を見つけたらしい。どうも2つあったらしく、1つは壊れていたが、1つは完全な姿だったようです。その話を東京に帰った時に、当時近所に住んでいた島崎藤村に話したら、「君、その話を僕に呉れ給へ」ということになったらしい。ともかく、あの詩の内容は柳田國男や島崎藤村が経験したことではなく、フィクションということのようです。
藤村記念館のそばには、樹齢500年と言われる大きな欅(ケヤキ)の木がありました。
懐古園を後にし、まだ時間があったので駐車場近くの大手門に行きました。JRで分断されていますが、ここも小諸城の一角であることがわかります。なお、この大手門と懐古園の三の門が国の重要文化財に指定されています。
このあとは、かりん道路沿いにあるベーカリーココラデ 御代田店でパンを買って、そこで浅間山を見ながら食べ、その後、道の駅 ヘルシーテラス佐久南で買い物をして帰途に就きました。







