若き日の山 11 甲斐駒ヶ岳 黒戸尾根 ― 2025年09月04日 15:20
大学3年の夏、甲斐駒・仙丈、穂高、常念と歩いた後、9月に入ってから、甲斐駒と言えば黒戸尾根、日本3大急登の一つに挙げられるその黒戸尾根から登らなければならないという使命感めいたものから、早朝、尾白川沿いの竹宇駒ヶ岳神社の駐車場に立っていました。今回は記憶が正しければ同級4人での山行です。竹宇駒ヶ岳神社の標高がだいたい750mくらい、甲斐駒ヶ岳頂上が2967mなので標高差は2200m以上あります。上高地と槍ヶ岳の標高差は1650mくらい、富士宮口五合目と富士山との標高差が1400mくらいなので、この黒戸尾根の標高差が如何に大きいかがわかります。初日の目標地は標高2350m(七合目)にある七丈小屋です。標高差1600mです。当時はまだ五合目にも小屋がありました。
十二曲り、八丁坂と呼ばれる急登を上り、刃渡りなどの岩場や鎖場、梯子を繰り返し上るとようやく七丈小屋に到着しました。おじいさんが管理する素朴な小屋だった記憶があります。
下の写真は、翌朝撮影した七丈小屋です。フィルムはエクタクロームで、褪色していますがなかなか味のある色調になっていると思います。
下の写真は、おそらく八合目の御来迎場付近から撮影した山頂方面です。頂上が見えているのかどうかわかりません。左側の岩場は赤石沢奥壁と言うそうです。赤石岳でもないのに赤い石がある沢なのでしょうか。
八合目から九合目の間のどこかで撮影した鋸岳のピークです。
たぶん九合目くらいからの赤石沢奥壁上部です。少なくとも、この辺りまでの天気は良かったようです。この後、頂上に行き、食事をしたはずですが、なぜか頂上や下山時の写真がありません。
その日、駐車場まで下山しましたが、かなり暗くなって、ヘッドランプを点けた記憶があります。2200mを下りたので、足が笑っていたと思います。
さて、日本3大急登のあとの2つは、北アルプス烏帽子岳のブナ立尾根、谷川岳の西黒尾根だそうです。ブナ立尾根は、1985年に下りで歩き、西黒尾根は、1986年にその上部のみ下りで歩きました。いずれも確かに急な下りで、年を取った今では歩きたくもありません(というより歩けません)。上り下りにかかわらず、自分で歩いた登山道で二度と歩きたくないと思ったのは、飯豊山の大嵓尾根(だいぐらおね)と、黒部の読売新道です。いずれも下りで使っただけですが、これを上りに選択する人は、余程すごい人か騙された人かな、と思ったものでした。
散歩道の花 セージと仙人草 ― 2025年09月08日 11:30
ウォーキングコースを歩いていると、ときどき目を引く花が咲いています。一つ目は小さな川沿いのここだけに見られる青、あるいは青紫の花で、シソ科だと想像がつきます。調べてみるとサルビアガラニチカ(シソ科 アキギリ属)が一番近いようです。サルビア、つまりセージの仲間です。食用ではなく観賞用らしいです。庭に育てられたものが、何らかの理由でここに移された(捨てられた?)ものと思います。写真は、スマホ撮影です。
1960年代、サイモン&ガーファンクルの曲に「スカボロフェア」というのがありました。ダスティンホフマン主演の「卒業」という映画の挿入歌に使われた曲です。歌詞の意味はよく分かりませんでしたが、繰り返される「Parsley, sage, rosemary and thyme」という一節はよく憶えています。これで、香辛料の名前を4つ覚えたものでした。そのセージとサルビアが同じものだとは年を取るまで知りませんでした。なお、スカボロフェアは、もともとはイングランドの伝統的な民謡だそうです。
次に目をとめたのが下の写真の植物、即、Google画像検索すると仙人草と出てきます。キンポウゲ科センニンソウ属ということであり、あの風車のような大きな花の咲くクレマチスも同じ仲間だということです。最初のころのブログで紹介したヒメリュウキンカのところで書きましたが、キンポウゲ科は毒を持つ植物が多く、この仙人草も別名「馬食わず」というらしいです。キンポウゲ科はたくさんの属があり、高山植物としても多いので、どこかで詳しく調べてみたいです。
若き日の山12 荒川三山・赤石岳 ― 2025年09月12日 21:37
6月に最初に塩見岳に登った時、行こうと決めていた赤石岳に向かったのは10月後半でした。コースは、塩見岳のベースとなった三伏峠から荒川三山に南下し、そこから赤石岳に向かうルートです。メンバーは、甲斐駒黒戸尾根と同じ4人です。
交通手段をよく覚えていませんが、おそらくタクシーで塩川土場まで入り、そして前回と同様に三伏峠に向かいます。三伏沢小屋に泊まるのも前回と同じです。翌朝、日がだいぶ昇ってから出発だったようです。下の写真は出発した直後、三伏沢からの撮影と思います。フィルムは、たぶんコダクローム64です。雲一つない天気です。なお、山行中、午後多少曇ったりすることはありましたが、ずっといい天気でした。なので日焼けしました。
下の写真は、6月に行った時とほぼ同じ場所(烏帽子岳)からの塩見岳および北部の山々(間ノ岳、北岳、甲斐駒、仙丈)です。
その先、写真を撮ったり、ライチョウの親子を見たりしながら、登り降りしました。前小河内岳、小河内岳、大日影山、板屋岳などのピークを越えるのにかなり時間を要し、その日は高山裏避難小屋に宿泊したと思います。
翌朝、荒川前岳に向けて登山開始です。前岳の手前だと思うのですが、振り返ると下の写真のように中央アルプスがきれいに見えています。よく見ると、南駒ケ岳あたりの後ろに御嶽山が確認でき、さらに中央アルプスの右に、乗鞍岳、そして北アルプスの山々がおぼろげに見えています。
荒川前岳に登り詰めると、南アルプス南部の山々が目に飛び込んできます(下の写真)。赤石岳、小赤石岳とともに、手前には大聖寺平や荒川小屋に向かうトラバース道が確認できます。こういうのを二重稜線、あるいは線状凹地と言うのでしょうか。また、赤石岳が光線の加減か、「黒石岳」に見えます。
前岳のあとは、荒川中岳、そして悪沢岳(荒川東岳)に登ります。下の写真は、中岳あたりから見た南アルプス北部の展望です。中景が塩見岳、遠景が左から仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、間ノ岳、農鳥岳です。北岳は間ノ岳の陰になっているようです。
下は、中岳付近から東側、悪沢岳と富士山を望む写真です。記念写真として取ったため人が写っていますので、加工しています。富士山方面に若干雲がありますが、まだまだいい天気です。
悪沢岳に到着し、特徴ある小赤石岳から赤石岳にかけての稜線を撮影しました。後ろに、聖岳や上河内岳などが望めます。ここの写真は、東面に朝日の当たるとき、および雪のあるときがやはり一番ですね。そういう時期、時間に改めて来たいと思いました。
このあと、中岳に登り返し、荒川小屋まで下りました。荒川岳カールは、夏なら高山植物がきれいなところでしょうが、この時は草紅葉も過ぎていました。
翌朝、赤石岳目指してスタートです。小赤石を越え、赤石東尾根ルートへの分岐を過ぎ、念願の赤石岳に到着しました。そこからの眺めは360°最高でした。
まずは、歩いてきた方角の写真です。小赤石岳と東尾根の向こうに荒川三山、遠景に仙丈ヶ岳、塩見岳(山頂のみ)、間ノ岳、農鳥岳が見えます。秋なので、まだ雲が湧きません。
そして、南側に向いての写真です。三角屋根は当時の赤石避難小屋です。奥に聖岳、その左奥に上河内岳があります。
登頂と展望に満足したら下山開始です。まず大聖寺平まで戻ります。そのあたりで撮影した荒川三山が下の写真です。高積雲らしき雲がかかってきましたが、一部の斜面にスポットライトが当たり、岩肌の質感が表れていると思います。
ここから左側、すなわち小渋川の方に下りました。その日、どこまで下ったのかよく覚えていませんが、たぶんその日は広河原小屋に泊まったのだと思います。広河原小屋からは、河原の渡渉か、登り降りの激しい高巻き道を選択しないといけないのですが、なにせもう10月後半なので冷たい水はやめて、高巻きにしました。下の写真は、小渋川のどこかから赤石岳あたりの稜線の夕照を撮影したものです。この日はほぼ上弦の月だったようです。
山行中、誰とも会うことはありませんでした。10月後半の平日だったのですが、さすが南アルプス南部だと思いました。
ペンタスにキアゲハ ― 2025年09月15日 17:30
今年は庭によくキアゲハが飛来します。
このところ毎年、春にパセリの苗を買ってきてプランターに植え、育てていると、気が付いた時にはキアゲハの幼虫がパセリを食べています。黒い小さな1齢、2齢の幼虫のころには食べる量もたかが知れているのですが、緑色の大きな4齢や5齢になるとすさまじい勢いでパセリの葉がなくなっていきます。多い時は幼虫が10匹を超えています。そのまま放っておくのも無責任なので、新たな株を買ってくるか、あるいはウォーキングコースのあぜ道沿いに生えているセリを取ってきて、プランターに植えて幼虫をそちらに誘導します。幼虫は、どうも野生のセリよりはパセリの方が好みらしいです。
5齢になって動きがなくなるといつの間にかいなくなります。まだ、庭でさなぎを見たことはありません。猛暑の日、朝いたのにどこへ行ってさなぎになるのか不思議です。
去年は、庭に置いておいたペンタスに長い時間、キアゲハの成虫が吸蜜していたので、今年もGW頃にペンタスの苗を買いました。赤、白、濃いピンク、薄いピンクの4株です。
その中でも、薄いピンクの花が好きらしく、だいたい、この花に来て蜜を吸います。下の写真はスマホ撮影です。我が庭で羽化したキアゲハだと勝手に思い込んでいます。
ペンタスは、アフリカ原産のアカネ科とのことで、蝶が吸蜜する代表的な花のようです。「バタフライガーデン」ではよく栽培される花らしいです。
散歩道の花 帰化植物 ― 2025年09月19日 21:38
帰化植物と言うといいイメージがない人が多いと思います。特定外来生物とか侵略的外来種という言葉もあるくらいです。
ブログの最初の方で紹介したヒメリュウキンカ、オオアラセイトウ(諸葛菜)、西洋タンポポも帰化植物です。
今の季節のウォーキングで目にするのが、あの花粉症でも名高いブタクサ、川の堤防沿いで葛(クズ)に負けずに範囲を広げているアレチウリ、そして在来種よりも目にすることが多くなったアレチヌスビトハギ(荒れ地盗人萩)です。アレチウリもアレチヌスビトハギも北アメリカ原産とのことです。「アレチ」とはいかにものネーミングですが、荒地に生えるからなのか、繁殖力旺盛でそこを荒地にしてしまうからなのか、どちらでしょうか。
アレチヌスビトハギ(マメ科)の花の写真と実の写真を貼ります。スマホ撮影です。
在来種のヌスビトハギ(盗人萩)の実はひっつき虫と呼ばれていますが、このアレチヌスビトハギの実も同様です。アレチヌスビトハギの実は、写真のようにくびれがあって3~4つくらいに分かれていますが、在来種は2つが多いようです。
盗人萩とは面白い名前がついていますが、その理由(説)には2つあるようです。
一つ目が「実の形が盗人の足跡に似ているため」です。二つ目が「その実が盗人のように気づかないうちに衣服にくっつくから」との説です。
ともかく、萩、とくにヤマハギは私の好きな植物なのですが(冬鳥のオオマシコがヤマハギの実を食べる)、ヌスビトハギはちょっと遠慮したいです。
若き日の山13 東尾根から赤石岳 ― 2025年09月27日 17:35
赤石岳に東尾根から登ったのは、赤石岳の頂上を最初に踏んでから7年後でした。9月の下旬、紅葉のシーズンに車で畑薙第一ダムのゲート前まで行き、そこから東海フォレストのバスに乗って椹島まで行きます。このときは家内と2人の山行です。朝、ゲート前駐車場に着いてバスが来たのですが、満員で、車掌から「すぐ後にもう一台来るから」と言われて待っていると確かに来ました。しかし、100mほど手前で止まったまま、なかなかこちらに来ません。バスまで歩いて行くと、なんとタイヤがパンクしたとのことです。パンクを修理(タイヤ交換?)したバスに乗ったのか、別のバスが来たのかは記憶にありませんが、かなりの時間待ったことだけは確かです。お昼少し前に椹島に到着しました。腹ごしらえをして、歩き始めたのは当然昼を過ぎています。赤石小屋まで標高差1400mくらい、一般コースタイム5時間の行程です。何とか4時間ほどで小屋に着き、すでに食事を始めている先行の方々の間のスペースを見つけて場所を確保できました。なお、小屋は営業していましたが素泊まりのみでした。
翌朝、モルゲンロートと言うには少し遅い時間の小屋付近からの撮影が下の写真です。フィルムはフジクロームのISO50のもの(RFPと呼んでたかな)です。まだベルビアが出る前です。この頃のリバーサルは褪色も少なく、きれいに保存されていました。デジタル化も苦労しません。
小屋を出発して30分ちょっとで富士見平に着きます。東尾根の上部、小赤石から赤石岳への稜線および東斜面のカールがきれいに見えます(下の写真)。いい天気です。
北の方を見ると、荒川三山がすっきりと望めます。よく見ると右の悪沢岳の頂上付近は少し雪化粧しているようです(下の写真)。
下の写真は小赤石と赤石岳の間の稜線に出てこれから登る赤石岳を見上げたところです。全体に雲がかかってきました。
そして赤石岳の頂上に着きました。登ってきた赤石東尾根と小赤石岳を振り返ります。荒川三山は雲に隠れてきました。
赤石岳周辺には、下の写真のように「石剣」が多く立ち並んでいました。赤石岳も信仰の山なんですね。
赤石岳を堪能した後、荒川三山方面に向かいます。紅葉した荒川のカールを横切って、草紅葉やライチョウを楽しみながら、荒川中岳に登りました。そして、前岳はスルーして悪沢岳に着きました。この間、時々ガスが湧いていたこともあり、記念写真用のコンパクトカメラの撮影が主で、リバーサルの撮影はほとんどなかったようです。デジカメと違ってフィルム代がかかるので、とりあえず撮っておこうができません。下の写真は、悪沢岳を過ぎて、丸山あたりから撮影した万之助カールだと思います。悪沢岳の北東斜面に広がる大きなカールです。降りてみる元気はありませんでした。
この日は千枚小屋に宿泊しました。次の日の写真、「夜明けの千枚岳からの赤石岳」は続編で紹介します。




























