小牧山城跡2025年08月15日 18:08

犬山からの帰りに、小牧山城跡に寄ってみました。小牧ICのすぐそばなので、車で行った場合は便利なところにあります。地図で見ると小牧ICのすぐ南側に小高い森があるのですぐわかります。2時間まで無料の駐車場もあり、また、城跡(歴史館)へ行くまでの散策路もいい運動になります。
また、少し前、将棋の王位戦(藤井七冠 対 永瀬九段)の第一局が小牧であり、7/4に両名が小牧山城を訪れたとのニュースがありました。藤井七冠が、「濃尾平野が一望できるすばらしい景色で、戦において要所だということが理解できました。」と話したとのことですが、実際、歴史館(ここは有料)の展望台に登ってみると、美濃、尾張が一望でき、当時の周囲の城や街の様子が手に取るようにわかったと思われます。「美濃を制する者は天下を制す」という言葉が残されているように、このあたりが戦国時代の重要な地であったことは確かです。信長がこの小牧山に城を築いたことは、なるほどと思わずにはいられませんでした。
歴史館の中は、「撮影禁止」となっていたので、いろいろな資料は撮影していません。外観のみですが、写真を添付します。

小牧山城(歴史館)

小牧山城(裏側)


犬山城2025年08月13日 22:45

安土城址に行く1ヶ月前に犬山を訪れました。モンキーセンターと犬山城が目的地です。モンキーセンターはいずれどこかで書くことがあるかもしれませんが、ここでは犬山城について振り返ります。犬山城は最古の天守を有する国宝として知られています。そのためか、インバウンド人気があり、結構混んでいるという情報がありました。
訪れた時間は午後の3時を過ぎていましたので、それほど混んではいませんでした。下の写真は、入口の門です(もともと本丸門のあったところと思われます)。

入口の門

門をくぐるともう本丸なので、すぐ目の前に天守があります。廃藩置県のときに、天守以外の建造物はかなり取り壊されたとのことです。それゆえ、櫓などはほとんど残っていません。残念なことです。

犬山城

天守は派手さはありませんが、特徴ある表情をしています。また、正面右側に付櫓とよばれる天守に付設した防御のための櫓があります。正面から見ると少し右側に向いています。なお、犬山城にはもう一つ裏側にも付櫓があります。
中に入ると、最古の残存する天守という割には新しっぽく見えます。説明を見ると、明治24年の濃尾大地震で半壊したため、修復されたとのことです。そういう意味では、全体としてうまく(古く)修復されています。中には、城の骨組みが展示されていました(下の写真)。

骨組みの模型

天守閣の模型も展示され、大きさが記載されています。

天守閣模型

別のコースから下りた後、車で城の周りを走りました。下の写真は、木曽川に架かるライン大橋(下にダムがある)の歩道から撮影しました。大きな川は建築のための資材運びにも便利ですし、防御としても万全ですね。

犬山ダムからの犬山城

国宝のお城は、これで彦根城、松本城、姫路城、犬山城に「登城」しました。残るは松江城ですが、ちょっと遠くてもう行けそうにありません。

彦根城2025年07月22日 15:15

安土城址のあと、彦根城に向かいました。少し離れた外堀沿いの駐車場に着いたのは3時半くらいです。なんとか、時間内に回れそうです。何回か来たことがあるのでサクサク回れます。ただ、最後に来たのは38年前です。
表門から登り、天秤櫓をくぐる廊下橋の下を通ります。通り過ぎて振り返って撮影したのが下の写真です。城が攻められた時には、この橋を落として敵が城内に入りにくくするとのことです(実際に落とす機会はなかったのかな)。この場所は時代劇でロケに使われることも多いと思います。

天秤櫓と廊下橋

ぐるっと回って、廊下橋と天秤櫓の前に来ました。左右に対称的に櫓があるので天秤櫓と言うそうです。橋の左右で石垣の石の積み方が異なるのがわかります。右側が築城当時のもの、左側は江戸時代後期(嘉永7年)に改修されたもの、と説明板がありました。

天秤櫓

下の写真は太鼓門です。歴史を感じます。

太鼓門

いよいよ天守閣です。時間がずれているので、ひこにゃんはいません。時間が遅いので人は多くはありませんが、天守の近くや中には、外国の方を含めてそこそこいました。お城は人気があります。

彦根城天守

靴を脱いで、天守閣内を観覧します。記憶よりも、内部がきれいになっていて、階段の勾配は変わらないが、木(段板)なども部分的に変わっていました。ひこにゃんやインバウンドで観光客が多くなったので、安全面でも仕方がないのかな、と思います。下の写真は屋根裏の部分を撮影したものです。ISO25600での撮影です。曲がった木をそのまま梁に使用しています。なかなかいい感じです。

天守内の柱守内の梁

天守閣の後ろ側に回り、撮影しました。

彦根城天守(裏から)

入場料は1,000円でした。100円を切っていたころが懐かしいです。玄宮園を含む値段なので、当然、そちらも回りました。玄宮園の池畔から望む彦根城です。桜や紅葉の頃は素晴らしい眺めだと想像します。但し、人の写らないこのような写真をのんびりと撮影することはできないでしょう。

玄宮園からの彦根城

駆け足で、安土城址と彦根城を回りましたが、このあと、長浜城(実際には長浜城歴史博物館)のある豊公園も散策しました。下は湖沿いにある太閤井戸と呼ばれるところです。これはスマホでの撮影です。

太閤井戸跡

安土城址2025年07月18日 22:32

先日、安土城址に行きました。子供のころに行ったはずですが、記憶がほとんどありません。平日ですし、真夏日だったので人はまばらでした。大手道を登る石段が長く続きますが、ここを過ぎたら日陰になって、多少は涼しくなりそうに見えます。

安土城1

この登りの左側に羽柴秀吉邸の跡があったと伝えられています。下の写真の石垣の上の郭に屋敷があったとのことです。さすが秀吉、門や厩(うまや)などがある下の郭と上の郭の間に立派な石垣があります。

安土城2

石垣の上の郭は下の写真のように、礎石が再現されています。広い屋敷です。

安土城3

少し飛びますが、山頂部の、あの天主があったところが下の写真です。「あの」と言ったのはテレビなどで見たことがある、あの赤色の柱と金箔の壁を上部に有する天主です。よく見かける「天守」ではなく、安土城址の公式HPにも「天主」と記載されています。織田信長自らが神あるいは神々の上位の存在と考えていたからなのか、当時の書物がたまたまその字を当てたのかはわかりません。イメージ的には、「天主」で合っていると思います。

安土城4

登りとは別の道を下りました。最初に見えてくるのが三重塔です。火災で焼失した摠見寺のそばにあったようですが、残存しました。

安土城5

その下には金剛力士像2体を有する二王門があります。これも当時のまま残っています(甲賀の方から移築されたとのことです)。

安土城6

暑い日でしたが、いい運動になりました。この後、彦根に向かい、彦根城も散策しました。