若き日の山19 早春の金峰山 ― 2026年03月07日 22:00
1978年の3月中旬、早春と言えどもまだ冬の様相の山に登ろうと、まずは金峰山に向かいました。メンバーはいつもの相棒を含む4人だったと思います。交通が不便だった時代のこの季節、どうやって登山口まで行ったか覚えがありません。おそらく、韮崎駅から終点増冨ラジウム鉱泉までバスで行き、そこから現地にいたタクシーで瑞牆山荘まで行ったのではないかと思いますが、定かではありません。ひょっとしたら、ラジウム鉱泉から歩いたかもしれません(距離は約13kmのようです)。瑞牆山荘からは、その日は富士見平小屋まで行ったと思います。富士見平へ行く途中、瑞牆山がよく見えるところがあったようで、写真が残っていました。独特の岩峰の頂がよく見えました。フィルムはエクタクロームです。
翌日、金峰山を目指して、大日岩経由で登りました。4か月前に金峰山は登りましたが(若き日の山15)、こちらのコースは初めてです。写真を撮り飽きたのか、疲れて写真どころじゃなかったのか、頂上まで撮影がまったくありません。天気が良かったので、頂上に着いてもまだ南アルプス(北部)がきれいに見えていました。まず、金峰山のシンボルである五丈岩とともに白峰三山の撮影です。4か月前と同様に、偏光フィルターを使用しています。
金峰山は通常は「きんぷさん」と呼んでいます。長野では「きんぽうさん」と呼ぶらしく、また大相撲の力士の金峰山は「きんぼうざん」と言うそうです。
上の写真よりもう少し北側にカメラを振って甲斐駒・仙丈を入れた写真が下になります。
下の写真は、レンズを変えて撮影した白峰三山です。
次の写真は、八ヶ岳連峰です。
眺望を堪能した後、富士見平小屋に戻りました。小屋に戻った後、体の不調をきたし、食欲がなくなり、飲み物ばかり飲んだ記憶があります。次の日、同行者3人は瑞牆山に登ったと思いますが、私は小屋で一人寝ていました。3人が戻ってきた後、その日のうちに下山したように思いますが、翌朝下山だったかもしれません。記憶は曖昧です。なお、下山と言っても、この後、南アルプスの鳳凰三山を縦走する予定でしたので、中央本線のどこかの駅だったと思います。また、4人での山行だったので、学生と言えどもタクシーに乗るのはそれほど怖くはありませんでした。いずれにしても、ゆっくり温泉に入って休むことと、次の縦走のアプローチを兼ねて、御座石鉱泉に宿泊しました。今はもう営業をしていないようです。





